お空の上にいる子、現在人生を共にしている子。

皆様の大事な「家族ちゃん」への想いを綴ってみませんか?

色んな想いを、皆さんと共有できたら嬉しいです。

愛のこもったメッセージ、お待ちしております。



 

※他人への誹謗中傷など不適切な内容は管理人の判断で削除させていただきます。

ご了承ください。

コメント: 13
  • #13

    りいママ (土曜日, 24 10月 2015 05:15)

    初めまして。

    約3年前にあった、今でも幻だったのではないかと思うような出来事のお話をさせていただきます。

    ある日、生後1週間程度のダンボールに入れられた捨て猫を保護しました。

    当時我が家にはシーズーが2匹。
    子猫の保護は何度もしたことがありますが、ミルク猫は初めての経験で、私の中でも不安がありました。

    まず病院へ連れていき軽く見てもらい、異常は見られなかったのでそのまま家へ。
    毎日数時間おきのミルク、排泄の補助。
    手のかかる分本当に愛情が膨らんでいき、我が家に迎えようと思っていました。

    我が家に迎えると決めてすぐに名前を付けました。
    女の子の可能性が高いという獣医さんの判断の元に、女の子の名前を付けました。
    さつき ちゃん。
    彼女につけた名前です。
    特に由来があったわけではないのですが、平仮名で さつき 。
    家族みんな、さっちゃんと呼んでいました。

    毎日数回、計りで体重計測をしていて、日々成長していくのを確認していたのですが、我が家に来て3週間ほどたった頃、増え続けていた体重はだんだん減っていきました。
    私も在宅作業があり、申し訳ないと申し訳ないと病院に連れていくことができなかったのです。
    子猫の異常は命取りと分かっていながら3日ほどそのまま経ちました。
    ようやく病院に連れていける日ができました。
    しかしその日は午前に出かけなければならなくて、不安を抱えながら少し家を空けました。
    用事が終わり、急いで家へ帰り、さつきの様子を見ると、呼吸をしていませんでした。
    心臓の音も確認できませんでした。

    しかし体はまだ冷たくなっておらず、
    パニック状態の私はさつきを抱えて泣きながら動物病院へ行きました。
    心音を聴診器で確認してもらうも、もうその小さな命は尽きていました。

    推定して、さつきの誕生日は4/1。
    お空へ行ったのは5/2。
    たった1ヶ月と1日の命でした。

    私がもっと早く病院へ連れてっていれば。
    お世話になってる病院の診療時間にこだわらず、救急センターにでも連れていっておけば。
    もしかしたら今でもさっちゃんは私の隣で寝ていたかもしれない。

    さつきへの申し訳なさ、自分への怒り。
    今でも収まりません。

    やわらかい毛の感触、小さな鳴き声、まだうまく歩けないのに一生懸命床を這って私の元へ近寄る姿。
    絶対忘れたりなんかするもんかと心に誓っていたのに、
    今では顔も少し曖昧なのです。

    エイプリルフール生まれのさつき。
    存在さえ嘘だったのかと思ってしまいます。

    けど、たった3週間しかいなかったのに、さつきの写真は50枚以上あって、さつきが確かに存在したことを証明しているから、私があの子を殺してしまったから。

    未だにさつきが最後に床に敷いていたトイレシーツも、私が手作りしたさつき専用の小さな枕も、家族に伝えるために書いたホワイトボードもそのままです。
    小さなダンボール箱をさつきが過ごしやすいように一生懸命中に色々なものをいれたりした日々。

    さつきちゃん。
    もうあれから3年近く経つけど、
    さつきはママのこと許してくれたかな。
    でもさつきが許してくれたとしても、ママ自身が自分のこと許せないんだよね。
    小さなあなたが生きた証は今でも家の中にたくさん残ってるよ。
    ママ代わりになってくれたりんちゃんも、今年で8歳になったよ。
    りんは今でもさつきの鳴き声が入った動画を流すとあなたのこと探して家中探し回るんだよ。

    ママはさつきのこと思い出す度涙が止まらないよ。

    ごめんね。こんなママでごめんね。
    でも、ママの元に来てくれてありがとう。
    あなたを初めて抱き上げた時、運命だって思ったよ。
    生まれ変わったらママのところにもう一度来てくれないかな?
    今度こそ幸せにしてみせるよ。

    心の底から愛してるよ。






    長文失礼いたしました。

  • #12

    musakunです。 (土曜日, 15 8月 2015 14:40)

    こんにちは。

    今回は今現在の相棒のムサシを少し紹介したと思います。
    出会いは13年前
    ガンを発病し1週間寝た切りの後はなこが亡くなってほぼペットロス状態の私、
    家に帰る意味さえ空しくて過ごしながら仕事の手伝いをしてたら元夫が
    (今まで多頭飼いの為コテツが亡くなった時はなこで助けられました。)
    「もう柴犬男を頼んでる」と・・はなこが亡くなって2週間しか経ってないのに!
    もう契約してるとの事で待ちましたパピーを
    名前も「ムサシ」と考えて・・
    (分かりません今でも元夫は私が寂しいからと言いましたが)
    はなこが亡くなり40日経ちもう60日目に入ったから引き取りに
    来て欲しいとの事で「はい!この子ですよ」って差し出されました。
    私の気持ちはまだはなこを引きずってたので心が分断される気持ちでした。
    がパピームサシが目の前に居てるので精いっぱい遊んだつもりだったけど
    どうだったんだろう~?
    今までの子と違って靴を噛む事も無いし家具の被害も無く
    大人し目の子でそれで「ごはんよー」の声にも反応が無く
    大丈夫かなって・・懐かないのは私のわだかまりがあるからかなって
    悩みました。散歩デビューははなことコテツの息子の愁と散歩に行ったので
    自然に出来て安心!!
    でも番犬しないんですよ吠えないなんて~驚く事ばかり
    ★さてムサシ自身の苦労は私が28年の結婚生活を止めた時からの
    運命共同体にしちゃって広い庭からワンルームの暗い部屋でお留守番
    私は朝早い仕事で居ないし後で同じ階のおばぁちゃん(わんこ飼ってる)
    がムサシ、おかーさんが出た後30分は鳴いていたよって教えてくれました。
    すいません~(この時苦情無かったんですよ)
    この年の夏は良く雷が鳴り怖いムサシは必死だったみたいで壁や玄関ドア
    カラーボックスは噛み後と穴だらけとどうしたらこうなるの?ってぐらいに
    荒れてました。(可哀そうに怖くて逃げたかったんやね)
    で3年経って私が仕事中に脳梗塞発症で速入院結果4ヵ月リハビリ入院
    その間私の姉が私の部屋で泊りムサシの面倒を見てくれる事に・・・
    ムサシも突然知らない人と暮らす事に私も後遺症は残ったものの
    無事退院できやっと4ヵ月ぶりにムサシと会えて驚きました。
    前足口の周り茶色に・・よだれ焼けですねストレスが掛かり舐め倒した
    みたいです。(大変やったねムサシ)
    その後離れ飼い犬2匹に襲われ後ろ足を2匹に引きずられたら
    抵抗のしようが無いですよ私も応戦して負傷
    (ムサシ年往ってツライめにあって私もツライ)
    で1週間入院です。私も噛まれた傷口の消毒した帰りムサシの病院へ
    ムサシったら”災難転じて福となす”で病院の若いスタッフに可愛がられ
    この世の春ですよ「むしゃし~」って呼ばれてでれでれ~
    あ~ムサシ災難だったけど入院で良い思いして良かったね♪
    また今度は1階の私の部屋がゲリラ豪雨でほぼ滝の如くの
    (マンションなのに雨漏りって欠陥マンションですね)
    雨漏りで急きょ2階の角部屋へ移動
    これも災い転じて福ですー角部屋の為窓が二か所
    1階と違って明るいしベランダも広い~
    で現在私は障がい年金と個人年金で貧乏でもなんとか
    遊んで暮らしてます。
    だからブログをしょうと思えたし健常者だったら
    仕事にあくせくしてるでしょう。
    ブログすることでチコママに巡り会えたし
    ムサシの可愛さも改めて知ったしもういい事ずくめ~
    本当にムサシは私の人生の共同体大変な目にあったけど
    側に居てくれてありがとうね!!
    これからもヨロシクねー

    コテツ「おかーちゃんもう帰るねちゃんと見てるよ」
    はなこ「ほんとにムサシで良かったわねまたね」
    また来年ねー
    はなこ「おかーさん年取ったわねふふ」

    バイバイ~またね(^.^)/~~~



  • #11

    musakunです。 (土曜日, 08 8月 2015 22:50)

    こんばんは。

    今日は柴女のはなこの思い出を語ります。
    はなこーはなー!!
    はなこがうちの子になったのは姑を無事に見送る事が出来て
    何故か心にポッカリと穴が空いた気持ちの時
    (コテツが側に居たんですが)
    そう亡姑の49日を済ました時コテツの彼女のラブちゃんの妊娠が
    分かりもうすぐ出産って云う事を聞きつけて尋ねると
    これ以上飼えないとの事でうちが引き取ると思わず言ったのが縁です。
    で子犬男の子と女の子で男の子は欲しいと引き取られ
    女の子の赤ちゃんは生後2週間目ぐらいに連れて帰り名前は「はなこ」
    もし私の子で女の子に付けたい名前でした。

    元夫には叱られましたが・・・・
    コテツはすぐ受け入れてくれて物凄く可愛がってくれて
    結局コテツとの子は3回の出産で合計10匹の子供を
    生んでくれました。全部里親に貰われて行きましたよ。
    あっ脱線だーはなこは美柴で小さいお顔で今で言う
    ツンデレで表情はあまり出さないけど怒ると目の辺りに
    影がサーって出来たのであまり怒る事が出来なくて
    後々止め!ってのが効かない子になっちゃって・・・
    気が強くて私には一線を引いてた感じででも車には
    何時も乗って来て大好きだったんやね
    コテツが亡くなってはなこと散歩していると
    探すんですよツラかったなー
    はなこもツラかったと思うだって段々弱ってくるし
    散歩も励まさないと歩かないし
    (この時分隣に里子に出した息子の愁と一緒に散歩してます)
    はなこも行っちゃうのって思う程で
    私もコテツを引きずってたからかなー今で思うと
    何時か忘れたけど突然「コテツが居た頃ははなこは後回しだったから
    今からは今までの分愛情を掛けよう」と思い正面切って向かい
    はなこーはなこーって呼んで抱いて可愛がって愛情掛けて
    不思議やはり寂しかったんだはなこも私に対して心を
    開いてくれて頼りにしてくれて嬉しかったー良かったー
    はなこー気が強くて普段おすましだけど
    おやつには弱くて時々盗み食いをして怒られて
    でもなぜかおやつを隠すのがカーテンの後ろとか
    部屋の角とか全部見えてるって笑える天然さんで
    そうそうはなこはアレルギーが有り出産の度に
    ジンマシンが出て赤ちゃんにお乳をやるのが一苦労だったね
    小さい身体で誰に教わる事無く出産して始末も自分でして偉かったね
    晩年14歳頃から耳が聞こえて無かったけど平気だったね
    何時も散歩は私が散歩袋をはなこの前で見せて「行くよ」って
    しないと分からなかったね
    15歳に成ると長寿犬として表彰して貰い晴れやかやったね
    半年後にガンで亡くなりました。
    後は私の喪失感だけが残りお家に帰るのも嫌でした。
    べっぴんさんのはなこ良くうちの子になってくれてありがとうー!
    はなこのおかげで喪失感も脱出出来たよ
    妊娠は気づいてあげずゴメンね
    でも自分で全部出産から後始末まで
    して偉かったね感動したわ
    赤ちゃん達可愛かったね
    貰われる時何時も大泣きしてた私に
    冷ややかでおかげですぐ冷静になれたわ
    はなこーあなたも大きな役目でうちの子に
    なってくれてありがとう~はなこー!!
    (長文ですいませんこんなに思いが溢れてきて)

  • #10

    UKI (金曜日, 07 8月 2015 01:30)

    クーちゃん。
    会えなくなって1年以上が過ぎましたね。今でもよそのわんこのふとした仕草に釘付けになってしまいます。今でもあなたの匂い、手触り全てが恋しいです。
    マイペースなクーちゃんだからさっさと天国に行ってると思います。お土産話をいっぱい持って会いにいくから、もうちょっとだけ待っててね。
    あなたの幸せをいつも願ってます。

  • #9

    太子の篤姫 (水曜日, 05 8月 2015 21:49)

    龍くん、きっと今頃穏やかな時間を過ごしていると思います。龍くんの近所のわんこ達も、虹の橋のたもとにいて、仲良くしてくれてますか?
    篤姫が初めて飼ったのが龍くんだったよね。飼った直後から病気で、動物病院に走り回った事、昨日の事みたいに覚えてるよ。それからは毎週、動物病院に通院治療に通ってたっけ・・・。薬も手放せない龍くんだったね。それでも、龍くんなりに調子が良くなっていって・・・いるのが当たり前になってたっけ。散歩もママと篤姫と一緒に行くと決めて、嬉しそうな笑顔で、みんなと一緒に散歩してるねんと周囲の人に自慢しながら歩いてたよね。あまりどこにも連れて行ってあげられなかったけど、龍くんはいっつも笑ってくれてたっけ。だんだん歳をとって寝たきりになっても介護するつもりで、色々と用意してたけど、ある日、脾臓の腫瘍が見つかり、動物病院で手術中に、心停止したよね・・・。病院の先生が「もう、しんどいとこ、取ったよ」と言った瞬間に心停止・・・。呼ばれて、点滴の中に昇圧剤をたくさん投与したけど、もう、心臓は、動かなくなって・・・。
    緊急手術で、でも、酸素してる時、ママを見て、龍くんが篤姫を探してキョロキョロしてた。あの日から4年経っても覚えてるよ・・・。泣きながら動物病院を後にしたこと。近くに動物霊園があって、お葬式には、仕事で行けずに、仕事から帰ってきたら龍くんが小さな骨壷に入ってた・・・。法要の度に人目も気にせず号泣して、普段は泣けないからこの時とばかりに号泣して、龍くんに心配させたよね、きっと・・・。
    お線香を焚き火の様に夜中に燃やしてたりして・・・。改めて、動物病院に小さくなった龍くんを連れて行ったら先生が「龍はラブラドールやのに小さくなったな~」って抱っこしてくれたよね。仔犬の頃からお世話になった先生が、龍は頑張ったって褒めてくれたよね。
    今は、まだ龍を覚えててくれる人が、「また、飼わないの?」って聞いてくれたりするよ、多分もう、犬は飼う事はできないかなと思ってます。パパもママも歳を取ったしね・・・。篤姫も仕事していかなきゃならないから、でも龍との想い出がたくさんあるし、龍が可愛がってくれてるセキセイインコはまだ元気に傍にいますよ、長生きでしょ?いつか、虹の橋のたもとで逢えると信じています。それまでは、Kちゃんたちと仲良くしていてね。

    ありがとう、龍くん。あなたは一番の宝物だよ。

  • #8

    ひーちゃん (水曜日, 05 8月 2015 20:47)

    4年前に亡くなった杏ちゃん。
    いまだに急に激しい悲しみに襲われて「会いたい」と大きな声をあげて泣いてしまいます。
    この気持ちは、私が杏ちゃんに再びお空で会える日まで消える事はないのだと思います。
    私が生きている限りこれから先も、会いたい時は会いたい!寂しい時は寂しい!辛い時は辛い!その思いを誤魔化さずに大きな声で泣こうと思います。
    泣くだけ泣いたら「いつか杏ちゃんに会える日まで頑張ろう」って思えるから。
    杏ちゃん、心から愛してるよ♪

  • #7

    モモ姉 (水曜日, 05 8月 2015 19:02)

    小学5年生の頃、妹として我が家にやってきた雑種のモモ。

    生活ノートの表紙にモモ似顔絵を書いて、『モモ、大好き!』って書いてた。
    いっつも一緒にいたね。

    朝、学校に行く前に散歩して、学校から帰って遊びに行くときも一緒に行って、雷がひどいときは、犬小屋に一緒に入って抱っこして過ごしたね。
    そのとき、犬小屋の中でクレヨンでモモと100年一緒にいれますように。。。って、書いたっけな。

    夏休みは、ラジオ体操のあと、公園で遊んだね。
    三年後、災害で家が崩壊して、一緒に住めなくなり、車で一時間半のおばあちゃんちに引き取ってもらうことになって、離れ離れになるお別れは、モモの目からも、涙がこぼれたよね。
    一緒に泣いたね。

    妹なのに、1人おばあちゃんちに行くことになって、ごめんね。

    月日がたち、県外で就職し、モモが散歩しても、休み休み歩くようになったよ、モモが散歩で歩かなくなったよ、モモが散歩行かなくなったよって、聞いていたのに、自分のことばかりになって、モモに会いにいってあげれなかった。。。。

    モモが亡くなってから、3ヶ月もたってから親から聞きました。
    私の性格なら、仕事をほったらかして、おばあちゃんちに飛んでくることと心配しての配慮だったようです。

    私の胸で眠らせてあげれなくて、ごめんね。
    寂しい思いをいっぱい、いっぱいさせて、ごめんね。

    ありがとう、ごめんねで、いっぱいです。

    もっとこうすれば良かった。ああすれば良かった。って、後から後からたくさんやってあげたいことが出てきても、もうモモはいない。

    おばあちゃんちの庭の柿の木の下に眠るモモ。
    ずっと実ることがなかった柿の木だけど、モモが眠ってから、毎年豊作になってるよ。
    柿の木の元で会おうね。

    モモ、大好き!!


  • #6

    ハナコロ (水曜日, 05 8月 2015 15:47)

    花へ
    花に会いたい。
    最後に一緒にいてあげられなくてゴメン。
    花には沢山のものをもらったのに、
    何のお礼も出来なかった。
    大好きな花。
    いつか必ず会おうね!



  • #5

    すみれ (水曜日, 05 8月 2015 11:02)

    可愛かった真っ黒な勝。突然思い立ちポスターを見て引き取りに行った日が昨日のよう。
    君は絶対噛むことをせず、ただ私が泣いてる時にジッと側に座ってくれてたね。
    ありがとう、嬉しかった。
    そんな勝が旅立って12年。今でも部屋には勝の写真があるよ。
    忘れてないよ。
    これからも見守っていてね。

  • #4

    UME (水曜日, 05 8月 2015 08:39)

    マックスへ。
    マックスの名前を何度も、何度も呼んでは泣いてしまうママを許してね。
    マックスがいつも居た場所に目をやっても居ない…夜も突然思い出し泣いてしまうよ。
    こんな気持ちでいたら、マックスはゆっくり虹の橋で私を待っていられないよね。
    でも、いつか虹の橋のたもとで逢え、抱きしめてあげられる様に今の人生を全うするから。

    マックス、大好きだよ。

  • #3

    つばき (火曜日, 04 8月 2015 23:08)

    しんのすけへ。
    真っ黒で、片手でもてる位しかなかった、産まれたてのしんのすけ。
    どんどん大きくなって、20kgを超えるようになりましたね。
    凛々しい柴犬(mix)のしんのすけ。
    力強くて、やんちゃで、でも、周りの女子ワンコからモテモテで、色んな表情を見せてくれました。
    年老いて、だんだんと弱っていくしんのすけ。
    目の前で見るのは本当に辛かったけど、家族を信じて甘えくるしんのすけがとても可愛かったよ。
    しんのすけがお星様になって、たくさん泣いたけど、楽しい想い出がいっぱいあるから、私は頑張って過ごせています。
    しんのすけ。いつまでもいつまでも、お空から私達を見守っていてね。

  • #2

    たんたん (火曜日, 04 8月 2015 22:22)

    我が子と言うよりも兄弟。
    時には弟、時にはお兄ちゃん
    喧嘩ばかりの両親と泣いてばかりの私。
    いつも温かい瞳で見ていてくれたのはゴールデンレトリーバー。
    寄り添ってくれたのも
    慰めてくれたのも
    一緒に走り回ったのも
    畑を泥んこになりながら転がりまわったのも
    夜逃げ同然で家族と家を出て、どうしても連れて行けなかった
    3日後ようやく迎えに行った時は、痩せた身体にいつもと変わらない優しい瞳。ちぎれんばかりに尻尾を振って喜んでくれた。
    置いて行かれたのに、、信じて待っていてくれた。
    暫くしてお別れが近づいて。私は離れた街に住んでいたけど、学校もバイトも休んでそばで一緒に寝た。
    最後の日。私は首輪を外して宝物にしたよ。
    こんなに大切な家族は2度と出会えないと思っていた。
    あれから15年。
    私には大切な命が舞い降りて、その子の笑顔を見るたびに15年前を思い出す。もし今もそばにいたら、、きっと仲良しになっていたね。
    この子と一緒にお墓まで会いに行ったよ。ちゃんと見えたかな?
    お空から見守っていてね。新しい家族。
    いつまでも。大好きよ。
    ダイスケ!

  • #1

    かーりーです。 (火曜日, 04 8月 2015 21:55)

    HP開設おめでとうございます。
    私は16才のわんこ『ケビン』のママです。はじめてのわんこで、チコママさんのブログに出会って、いろいろ学ばせて頂いてます。
    迷子札の必要性など、これからも活動していって下さいね!
    私は毎日、そう長くない愛犬との日々を、大事に普通に笑顔で過ごしてますよ♪